広島高等裁判所岡山支部 昭和33年(ラ)25号 決定 1958年12月15日
抗告人 阪井和美
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告理由は別紙のとおりである。
その一ないし四について。
右抗告理由一ないし四の要点は左記に帰する。
(一)、原決定の対象たる、本件異議の申立は、民訴第五四四条第一項に基くものであるというが、その事由として述べるところは、同条所定の事由にあたつていない。
(二)、右異議は競売期日の終局までになされることを要するにかかわらず、昭和三十三年十月三日午前十一時十五分の本件競売の終局後になされたものである。
従つて、本件異議の申立は不適法であつて、これを却下すべきであるのに、原決定はそのようには判断しなかつた、という。
よつて、案ずるに、記録中の「強制執行の方法に関する異議申立書」に徴すれば、原決定の対象たる、本件異議の申立は、執行裁判所たる原審が昭和三十三年十月三日午前十時に本件競売を実施したことに対する違法ならびに執行吏田井得次が同日午前十一時十五分に本件競売を終局したことに対する違法を述べているものと解されるから、民訴第五四四条第一項の異議事由としては欠けるところはないのである。また、右異議はその対象である違法な執行行為を包含する執行手続が完結してしまつた後はこれをなすことは出来ないが、本件は右執行吏が右のように十月三日午前十一時十五分に本件競売を終局したことにつき、その処置を違法であると言つて異議を申し立てているのであるから、その申立が競売終局の処置の後になされるのはむしろ当然であるというべく、競売終局後になされたからといつて、競落期日前になされているのであるから適法ではないというのは当らない。所論はいずれも理由がない。
従つて、本件異議の申立を不適法と解することなく、これを却下しなかつた原決定は、正当である。
抗告理由六、について。
記録によれば、本件で、その適法に行われたかどうか、争の対象となつている、昭和三十三年十月三日午前十時開始の競売手続は、次のとおりの経過をたどつたことが認められる。
はじめ、原審は、本件不動産に対する競売期日を昭和三十三年三月十二日午後一時に開いたが、競買を申し出る者がなかつたので、あらためて、競売期日を同年五月十五日午前十時に指定したところ、債権者(競売申立人)津山信用金庫から期日延期申請があつたので、これを容れ、同年八月五日午前十時に延期し、その日時に競売期日を開いたが、最高価競買人もあらわれ、その者に競落許可決定もなされたに拘わらず、代金支払期日に代金を支払わなかつたので、民訴第六八八条第一項の再競売を行うこととなつた。原審はこの再競売の期日を昭和三十三年十月三日午前十時と定め、適法に、公告や利害関係人への通知をした。ところが、同日午前八時二十分過ぎに、右債権者の代理人弁護士植木昇から原審書記官小沢護に対し、電話で、競売期日延期方の申請があり、――右代理人作成名義の「競売期日延期申請」書と債権者有限会社橋本商店(本件競売開始決定後、本件不動産に対し、執行力ある判決正本に基き、競売の申立をした債権者)の代理人弁護士笠原房夫作成名義の、競売期日延期に関する、「同意書」が、同日午前中に郵便で原審に提出されている。――次で、同日午前九時頃、債権者津山信用金庫の代表者から右書記官に対し、電話で、競売期日が延期となる見込かどうか、確めた。というのは、たまたま債務者が同債権者の事務所に行つていて、それを確めよう、となつたからである。同書記官は、延期は難かしい旨答えたところ、右債権者代表者は、それでは、債務者やその他の関係人と一緒に、自動車で、至急競売現場たる原裁判所に赴くゆえ、現場に到着するまでは競売を終局しないようにして欲しい、と言うので、同書記官は、正午までは終局しないでおく、と答え、右債権者代表者は、その旨を競売実施の執行吏に伝達方を依頼し、同書記官はこれを諒承して、執行吏田井得次にこのことを伝えた。同執行吏は同日午前十時に競売期日を開き、競売手続を開始して、競買価格を申し出でるべきことを催告したところ、抗告人が競買を申し出でた。やがて、債務者の身寄りの者らしい男子二名が来合せたが、競買を申し出ることはしなかつた。そのうちに、前示書記官から、同執行吏に対し、前示債権者代表者、債務者および関係人らが自動車で津山市を出発したから、到着するまで、競売の終局をしないように、という希望が伝えられた。午前十一時となるも、抗告人のほかに競買を申し出る者がなかつた。同執行吏は、抗告人に、競売の終局を延ばすことを謀つたが、抗告人は応じなかつた。同執行吏は、午前十一時過ぎに、抗告人を最高価競買人と認め、所定の手続をふんで、競売の終局を告知した。そして、競売調書を作成中、午前十一時七分頃ないし十分頃までの間に、前示債権者代表者、債務者および関係人らが到着した。競売調書は午前十一時十五分に完成した。
ところで、本件で問題となつているのは、原審が、昭和三十三年十月三日午前十時開始の本件競売を延期しなかつたことは違法かどうか、前示執行吏田井得次が同日午前十一時過ぎにこの競売を終局したことは違法かどうか、の二点である。
そこで、考察するに、
不動産に関する競売の競売期日の指定、延期、変更は執行裁判所の専権に属することは言うまでもないが、本件競売が昭和三十三年十月三日に行われるまでの経過は前示のとおりであつて、最初に指定された期日から六ケ月以上も後のことであり、しかも、右競売が民訴第六八八条第一項の再競売であつたことにかんがみると、右競売期日につき、債権者側から期日延期申請があつたのではあるけれども、原審がその申請を容れずに競売を実施したことは、執行裁判所としての権限を濫用したものとは認められない。また、競売を終局するのは、競売実施機関たる執行吏であることは言うをまたない。前示のように、田井執行吏が競買価格の申出を催告した後、一時間を経過するも、抗告人以外の者から競買の申出がなかつたのであるから、午前十一時過ぎに、同執行吏が競売の終局を告知したことは、民訴第六六五条第二項に違背するものではない、といつていいように見えなくもない。しかし、この規定は、競買の申出の催告と競売終局の告知との間に、少くとも一時間の時間的余裕をおくべきことを定めたものであつて、競買申出の催告後一時間たつたら、必ず競売終局の告知をすべきことを定めたものではない、と解すべきである。従つて、競買申出の催告後一時間の間に競買を申し出た者がない場合でも、その一時間後の極めて僅少の時間内に競買の申出がなされることが顕著な場合とか、あるいは関係人の間で競売手続を進行せしめない合意の成立するであろうことが顕著な場合には、執行吏は、単に、競買申出の催告後一時間を経過したという理由で競売を終局すべきものではなく、一時間後の僅少の時間が経過するまでは、競買の申出あるいは手続停止に関する合意成立の有無を待つために、競売の終局を告知すべきものではない、と解するのを相当とする。
これを本件について見るに、本件債権者らは前示十月三日の本件競売が延期されることも差支ないという気持でいたことは明らかであり、また、原審が敢てその日に競売を実施することがわかつたので、債権者津山信用金庫代表者、債務者および関係人らが急いで競売現場たる原裁判所にかけつけたのであるから、このような状況からすれば、これらの者の中には競買の申出をする者があるか、あるいは競売を続行するかどうかについての示談が成立するか、いずれにせよ、競売の進行について、何らかの話し合いがまとまる可能性が顕著であつたのである。そして、一方、前示田井執行吏は、競売進行中、午前十時から十一時までの間に、前示小沢書記官から、前示債権者代表者、債務者および関係人らが既に自動車で津山市から原裁判所に向つたこと、ならびに同書記官がこれらの者に正午まで競売を終局しないようにする旨言明したことを聞いたのであるから、同執行吏は、津山市と原裁判所との距離上、これらの者が午前十一時少し過ぎた頃には原裁判所に到着するはずであること――実際は前掲のとおり午前十一時七分ないし十分頃に到着した。――ならびに、これらの者の中に競買の申出をする者があるかも知れないこと、あるいは、これらの者の間で競売の進行についての話し合いがまとまるかも知れないことを察知していたものと認められる。そうだとすると、前示執行吏は、右のような事情を察知していたにも拘わらず、単に、競買申出の催告から満一時間を経過するも他に競買申出をした者がないという理由だけで、午前十一時過ぎに競売の終局を告知したのであるから、同執行吏のこの処置は、民訴第六六五条第二項の法意を誤解した結果、競売の終局を告知すべきでない場合にこれを告知したという違法、不当をおかしたものと解するのを相当とする。
これを要するに、前示十月三日午前十時開始の競売手続は、これを全体的に考察するときは、違法不当と認めざるを得ない。
抗告理由五、について。
原決定が本件十月三日の競売手続を取り消したのは、民訴第五四四条の異議に対する裁判としての逸脱である、と主張する。
しかし、同条の異議があつた場合に、その異議事由が認められるかぎり、異議の対象となつた強制執行手続又は競売法による競売手続を取り消すべきことは当然である。本件では、前段説示のように、異議の対象となつた、十月三日の競売手続に違法の点が認められるのであるから、原決定がこの手続を取り消したことは違法ではない。もつとも、民訴第五四四条第一項後段で民訴第五二二条第二項が準用される結果、右異議の申立において、執行の一時的続行もしくは一時的停止の裁判をもなし得ることが認められてはいるけれども、この裁判は、異議の申立に対する裁判とは別個になされるものであり、異議の申立に対する裁判の内容が、執行の一時的続行もしくは一時的停止に限られるものではない。本論旨もまた理由がない。
以上の次第で、抗告理由はすべて理由がなく、他に原決定にはこれを取り消すべき瑕疵はない。
よつて、本件抗告を棄却すべく、抗告費用の負担につき民訴第九五条、第八九条に則り主文のとおり決定する。
(裁判官 高橋英明 高橋雄一 小川宜夫)
(別紙)抗告理由
一、岡山地方裁判所勝山支部昭和三十二年(ケ)第九号不動産競売事件について昭和三十三年十月三日の競売期日に同裁判所執行吏田井得次は抗告人は適法な最高価競売申出人として競売手続を終了したところ債務者である鈴木隆は同月四日執行方法に関する異議を申立て之に対し同月六日同裁判所は右競売期日での右執行吏のなした競売手続を取消す旨裁判をした、抗告人は最高価競売申出人として同裁判所がなした本件競落不許可決定につき別に抗告を申立てゝは居るが本件競売手続取消決定も慢然とほつておけぬので利害関係人として本抗告に及ぶものである
二、前記異議申立人の異議申立が果して民事訴訟法第何条に基くものか多少の疑問なしとしないがその申立の要領その他からみて民事訴訟法第五百四十四条によるものゝ如くであり且つ本裁判は右申立に対する同法条に規定する執行裁判所としての裁判とみられる
そして異議申立人の不服とする所が執行吏のなした執行行為だけを指すのか執行裁判所に対しても不服を云うているのか明確ではないが原決定が判断しているように結局執行吏のなした手続について異議を申立てゝいるようである(もつとも抗告人としては両方に対して不服を申立てゝいるものとみても何等差支えない。)
そして原決定は事実の認定として
(イ) 競売申立人から予め期日変更申請の電話連絡があつたこと(競売の終局迄には間に合わなかつたがその后現実に右変更申請書が出されていることは争わない)
(ロ) それにつき裁判所が期日変更を許さなかつたこと
(ハ) 債権者や債務者利害関係人等が競売に立会するから終局を正午迄伸張してくれと裁判所書記官に申入れたので同書記官は執行吏にその希望申入れを連絡することだけを承諾してその連絡だけはしたこと
(ニ) 及びその后利害関係人が競売終局には遅れたが午前中に到達したこと
の事実を認めそれを基点として独自の結論を出している
そして異議申立人が事実として主張して認められなかつた点(又は認定の上で触れられなかつた点)として
(イ) 債権者の申出により債務者が金十万円を支払つたとか
(ロ) 書記官の期日延長承諾を得たとかの
点があり異議申立人が殊更に陳述を避けた事実として
(イ) 金十万円の債権者への一応の現実の手交が競売当日十月三日の朝であつたことや
(ロ) 又十月三日当日午后金十万円の返戻を受けたと云う事実である
(別件抗告状添付上原太郎陳述書参照)
三、さて第一の問題はかゝる場合異議申立人のかゝる申立が適法といえるであろうか
と云うことである
民事訴訟法第五百四十四条の異議はいうまでもなく執行行為を実施するに必要な法令の要件の欠缺を理由とする救済手段である然もこゝで要件とはいずれも当該執行機関の調査に服する要件をいうことは勿論である。その調査に属しない事由としてはこの法条による異議を申立てることができない
この観点から考察するとき本件競売に何らの要件の欠ける点はなく本件の異議申立は執行機関(執行吏又は執行裁判所)に延期手続をしようとして電話して後で正式手続をするからと申入れしておいたのに待つて呉れても良いのに待つて呉れなかつたのが不服だと云う主張であるからこの主張自体執行機関が法律に従つて適式に手続を終結したことを認めて、それがやゝ人情にでもかけるではないかとでも云うもので即ち執行機関の調査に属する事実以外の事情を参酌して欲しいと法律上理由のないことをいうに過ぎず不適法な申出と云う外はあるまい
当然原決定ではこの異議申立を不適法として却下又は棄却すべきであつた
四、次に異議申立の時期の点から考察してみるに異議の目的となるべき執行々為を含む一連の執行手続が終了した後にはこの異議もまた申立る余地がないこと勿論である
してみると執行吏が競売期日の終結を宣言した以上この異議を云々する余地はないとせねばらぬ
もつとも形をかえて理論を構え民事訴訟法第六百七十一条第六百七十二条の異議として通るか通らぬかは別として主張する余地はあろう
この点からみても不適法にして却下されるべき又は棄却すべきであつた
五、又原決定が果してこの異議申立に対し民事訴訟法第何条に準拠して本件執行吏のなした競売手続を取消す裁判をしたのか法令の適用が疑問である
一時停止でなく取消であり且つ保証金を立てしめてもおらぬ点等からみて民事訴訟法第五百四十四条第一項の執行方法の異議申立に対する執行裁判所の裁判としてなされたらしい。そうするとこれは同条によつて執行裁判所の裁判として許される範囲を逸脱した内容をもつ違法な裁判であると信ずる
六、原決定は第二項で述べた(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の事実を認定した上次いで「そうすると執行吏において利害関係人等が遅くとも同日午前中には到着することが当然判明しており乍ら午前十一時に直ちに阪井和美を以て最高価競売人と定めて期日を終局したことは公正な競売手続を行つたといえず失当なり」とするかゝる無茶な理論の飛躍は黙過できない
なんとなれば執行吏が正規の手続を経て適法に競売期日を終局したことが何故公正でないことになり失当なのか理解できない
即ち利害関係人は裁判所書記官に延期方につき電話はしたらしいが所定期日前に適式な手続をしなかつたのであり執行吏としても連絡を聞いて或いは利害関係人が午前中に来るかも知れぬとも思つたのであろうが又度々過去に経験をもつであろう如く全く嘘で全然来ないかも知れぬとも或いは来るとしても午后になるかも知れぬとも思つたのであろう
又本件記録上から見ても本件競売は再三延期を重ねてきたものでさきに折角競落が決まつても支払がなかつたゝめ再競売になつたものであることも明らかである事情はさておき執行吏は適法にその職務を執行したものである、法律に従つたことのどの点が公正でないと云うのであろうか
附言するに大審院大正七年八月二十七日決定、又最近では昭和三十一年十二月二十六日東京高等裁判所決定は本件と類似の競売申立を取下げる合意の成立とか競売延期を為す約定の成立とかが全く民事訴訟法第六百七十二条第一号の如き問題でなくその競売手続に違法とか瑕疵がないとしている
抗告人の推定では異議申立人(債務者)は十月三日の競売当日になつて金十万円の金をようやく工面して債権者に兎に角競売延期の手続方をとるよう懇願したもので債権者としては恐らく間に合わないだろうか延期手続を試みてやることだけは引受けて約束し引換に金十万円を預り果せるかな間に合わず執行吏が終局を告げたので債務者は金十万円を返却して貰つたものであろう
右約束か履行の猶予の趣旨でもなければ弁済の猶予の趣旨でないことは明白でありあまつさえこの頼りない約束すら十月三日十万円の返却と共に更に白紙に戻つているとみられる
勿論競売期日の適法な終結後の事実であつても債務全額の弁済であるとか或いは残債務についての期限の猶予の証書を貰つたとかの明確な事実があるならば競売が適法になされたに拘らず競売が遡及的に取消すべきものとなることも或はあつても当然であり不思議ではない
しかし乍ら既に何等の違法な瑕疵なく適法に終結した競売の後に至つて前述した如く意味のない単なる競売手続延期申請の書類が到着したからと云つて又待つて呉れと電話しておいて書類を出しておいたが今直ぐ乗用車で行くから待つてくれとの希望を連絡しておいたのに待つてくれなかつた、いはば人情に欠けているのではないかとの申出とか法律上の理由と出来ぬものを以つて既に適法に終結した競売の取消の事由として遡及させて取消していては国家機関のなす公の競売手続として余りにもその安定性を著しく害するものであると断ずる外はない、殊に本件競売は前述した通り再三無意味な延期を重ねて居り加うるにさきには一度折角競落があつたのが支払がないので再競売された案件であるから猶更手続の安定と云うことは通常の場合以上の要請があるものと信ずる、この観点から考えるとき執行吏の本件でとつた処置はまことに適正妥当である
法律は守られねばならない
七、原決定は以上のとおり何れの点から考えても不適法な強制執行の方法に対する異議申立を却下もせず理由なしとして棄却もしないであべこべに適法妥当に行われた執行吏の競売手続を理由なく公正でないとして取消した無茶な裁判である
よつて本件抗告に及んだ次第である